ぼくらのセルフイメージ
mixiとかtwitterなどの普及で、フツーの人々がふだんフツーに考えていること(=大衆の気分・空気、世論)が可視化されるようになってきた、ように思う。
多くの人は天下国家をまじめに考えているわけではない。日々つつがなく暮らせることが第一で、遠い世界の話はたんなるfeedにすぎない。ずいぶんと身勝手なこと、いいかげんなこと、無責任なことを思ったり口に出したりしている。
芸能人やテレビ番組の話題も同じく、たんなるfeedにすぎない。彼らの満足な日常の退屈を埋めるfeed。
ぼくらのあり方は意外と多種多様なこともわかる。メディアによって作り上げられたぼくら自身の姿は、多くの人にとってはフィットしていない。でも、悪い気はしないから、とくに否定もしない。
ぼくらは思ったより頭がからっぽで、貧しい暮らしをしているのではないかという気もする。プロダクトの品質が素晴らしいし、それが街にあふれているから惑わされてしまうけど。
と、さんざんなイメージダウンだけど、いっぽうで、そこらにいる、なにげない人たちが実は意外とすごい、ということを、ときどき目にしてハッとすることもある。“案外、捨てたもんじゃない”というレベルでは語れないような。
だから、ぼくらは思ったよりもダメダメ人間の集まりなんだけど、一方でスゴい何かも秘めているのだという、なんだかアンビバレントな印象になってしまう。