先日、TwitterのTL(タイムライン)に流れていたツイートに、このようにコメントした。

特攻隊とは不愉快な比喩だ。彼らは文字通り“必死”だった。 QT @kaorun6: @nekoguitar: 本田という選手は面構えがいい。「眼力」がある。あとGKの川島も。特攻隊みたいな目だ。国を背負うと若者はあんな目になるのか。
[ http://twitter.com/fratdrive/status/16147372417 ]

特攻隊を精神的シンボル、象徴的な存在として偶像的に扱うことに対して不愉快に感じたし、スルーできなかった。

以前、特攻をテーマにしたドキュメンタリー番組の制作に加わったことがある。2001年8月13日に放送されたNHKスペシャル「特攻 ~城山三郎・青年指揮官を追う~」。内容は城山三郎氏の書いた『指揮官たちの特攻―幸福は花びらのごとく』(新潮文庫)を読めばだいたいわかると思う。

このとき、玉音放送後に出撃した「最後の特攻」の生存者(エンジン不調などで不時着した数機)や、隊員遺族など関係者に取材をした。その詳細は書かないが、取材をした僕にとって特攻隊員は精神的シンボルにはなりえない。彼らはあくまで個々の生身の人間であって、十把一絡げに「特攻隊の気持ち」などとまとめて語ることはできない。