August 2010
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ぼくらのセルフイメージ
mixiとかtwitterなどの普及で、フツーの人々がふだんフツーに考えていること(=大衆の気分・空気、世論)が可視化されるようになってきた、ように思う。 多くの人は天下国家をまじめに考えているわけではない。日々つつがなく暮らせることが第一で、遠い世界の話はたんなるfeedにすぎない。ずいぶんと身勝手なこと、いいかげんなこと、無責任なことを思ったり口に出したりしている。 芸能人やテレビ番組の話題も同じく、たんなるfeedにすぎない。彼らの満足な日常の退屈を埋めるfeed。 ぼくらのあり方は意外と多種多様なこともわかる。メディアによって作り上げられたぼくら自身の姿は、多くの人にとってはフィットしていない。でも、悪い気はしないから、とくに否定もしない。...
ぼくらの日常はテレビドラマやCMで描かれているような素敵なものではなく、いたって現実的に生活感あふれまくる中で暮らしている。個々にいろんな問題もあって、決してひと括りでまとめられるようなものではない。でも、個人消費者に向けてモノやサービスをセールスする手法はだいたい一定で、広告では“夢の暮らし”を描き、あたかも自分がそこにいるかのような同一感、錯覚を起こさせ、モノやサービスのイメージを底上げして財布から金を出させる。テーマパークも同じ。人は勘違いしたくて、よりゴージャスに勘違いさせてくれるモノやサービスにお金を出す。“お客様は神様”という誤った認識が“お客様”側にあることも同様。“お客様”は自分のイメージを底上げして捉えている、だからモンスターなお客様が生まれるのだろう。ぼくらは自分自身を底上げして認識するのが得意だし好きだ。思い上がりたいのだ。でもそのツケは誰が?
“国の社会保障に対する信頼があるから少子化が進む。”と仮定すると?